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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)7684号 判決 1964年5月25日

原告 勝田道

被告 樺山丑二 外一名

主文

被告樺山丑二は原告に対し別紙日録<省略>(一)記載の土地に存する同目録(二)記載の家屋を収去し右土地を明渡せ。

被告樺山紀一は原告に対し前項記載の家屋を退去し、前項記載の土地を明渡せ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人等は、主文第一項ないし第三項と同旨の判決および仮執行の宣言を求める旨を申立て、その請求の原因として、

一、別紙目録(一)記載の土地を含む東京都新宿区柏木三丁目三九九番の一宅地二、二六六坪三合七勺は、原告ほか二名の共有に属する。

二、右土地は、原告が理事長校長を兼ねている学校法人精華学園の校舎運動場敷地の予定地であつたが、原告は昭和二八年一〇月頃訴外樺山愛輔との間で、右土地の東南隅別紙目録(一)記載の部分(以下本件土地という。)について、簡易なバラツク建家屋を建設し同人の孫娘樺山松子、同竹子の両名が精華学園女子中学校に在学中これに居住させるため、一時使用の目的をもつて、期間は同人等の中学校卒業までの間とし、右期間中と雖も学園建設のために必要があるときは要求あり次第何時でも直ちに土地を明け渡す約定で、無償の使用貸借契約を締結した。

三、樺山愛輔は右地上に別紙目録(二)記載の家屋(以下本件家屋という。)の建築をはじめたが、昭和二八年一〇月二一日死亡し、同人の子である被告樺山丑二が右家屋所有権を単独で相続取得してその建築工事を続行し昭和二九年五月これを竣工させた。その後前記樺山松子、同竹子の両名は右家屋に居住し前記学園に通学していたが、同人等も昭和三〇年三月二三日には同学園女子中学校を卒業し右土地使用の目的も終了するに至つた。

四、前記本件土地使用貸借は借主である樺山愛輔の死亡により昭和二八年一〇月二一日終了したものであつて、その後の被告樺山丑二の土地使用については原告がこれを黙認して来たに過ぎないのであるが、仮りに右黙認が原告と同被告との間に使用貸借を成立せしめるに至つたものと認められるとしても、その使用貸借は前記樺山愛輔との間に成立したものと同一の内容を有するものというべきところ、前記のとおり樺山松子、同竹子両名の卒業により使用貸借の目的は終了し、精華学園の校舎拡張工事のため必要もあるので、原告は昭和三一年七月一二日附書留内容証明郵便をもつて被告樺山丑二に対し右土地使用貸借を解除する旨の意思表示を発し、同郵便は同月一二日同被告に到達したのでこれにより右土地使用貸借は終了した。

五、被告樺山紀一は被告樺山丑二の子であるが、昭和三一年八月頃から本件家屋に居住し、何等正当の権原もなく本件土地を不法に占有している。

六、よつて原告は、件土地共有者の一人としてその保存行為のため、被告樺山丑二に対しては本件家屋を収去して本件土地を明渡すべきことを求め、被告樺山紀一に対しては本件家屋から退去し本件土地の明渡をなすことを求める。

と述べ、

被告等の主張する抗弁事実を否認し、仮りに、被告樺山丑二が本件家屋につき売買契約の成立による代金請求権を有するとするならば、同被告は昭和二八年一〇月二二日以降本件土地の上に本件家屋を所有しこれを無権原で不法に占有しているから、原告は同被告に対し右土地不法占有による賃料相当の損害金として昭和二八年一〇月二二日から昭和三二年一二月二二日までは一月一坪当り金一一五円六四銭の割合による合計金六二万七、九八三円、昭和三三年一月一日から昭和三八年四月三〇日までは一月一坪当り金一五〇円六四銭の割合による合計金一〇四万七、一〇四円、以上合計金一六七万五、〇八七円の支払を請求し、これをもつて、右代金額と対等額において相殺すべきことを主張する。

と述べた。

立証<省略>

被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁および抗弁として、

(一)  請求原因一の事実は否認する。本件土地については、学校法人精華学園が提起した訴訟事件(東京地方裁判所昭和三一年(ワ)第七〇六五号)において同学園がその所有権を主張しているから、原告の所有に属するものとは解し難い。

同二の事実中原告が学校法人精華学園の理事長であることは認めるが、原告主張の土地が同学園の校舎、運動場の敷地予定地であつたことは知らない。その他の事実は否認する。本件土地の使用関係は事実上は実質的に相当の対価を授受した有償の期間につき定のない賃貸借である。右賃貸借は昭和二八年五月頃原告と樺山愛輔との間に成立し、同年一〇月二一日同人の死亡により被告樺山丑二が相続により右賃借人の地位を承継した。

同三の事実中本件土地の使用目的が修了したとの点は否認する、その余の事実は認める。

同四の事実中原告主張の書留内容証明郵便が到達した事実は認めるが、その余の事実は争う。

同五の事実中被告樺山紀一が本件土地に居住し本件土地を占有していることは認めるが、右土地占有が無権原であるとの主張は争う。

(二)  仮りに本件土地の使用関係が原告の主張するごとく使用貸借であるとしても、その約定に際し原告は自ら土地を案内し、将来における校舎の建築を予定してその邪魔にならない場所を選定したものであつて、本件家屋の建築については満一〇ケ月の期間と約三三〇万円の費用を投じたのである。このように右使用貸借契約は家屋を建築しこれに居住することを目的とするものであり、建物の存続中は本件土地を使用することができる約定であつた。而して、本件家屋はなお存続しており、被告樺山丑二は原告の暗黙の承認のもとにこれを樺山愛輔から承継したのであるから、原告の本訴請求は失当である。

(三)  仮りに然らずとしても、原告が前記事情を無視し一方的な都合により契約を解除して家屋収去土地明渡を求めることは、まさに、権利の濫用であつて到底許さるべきことではない。

(四)  仮りに然らずとしても、

原告は、昭和三一年四月一九日頃被告樺山紀一に対し母梅子を介し被告の言値をもつて本件家屋を買取るからこれを原告に譲渡されたい旨買受の申出をなし、その後更に同被告に対し直接右同様の申出をなしたので、同被告は調査の結果同年六月九日附文書をもつて、本件家屋を代金二五〇万円をもつて原告に譲渡する旨売買受諾の意思表示をなし、同文書は遅くも同月一八日までには原告に到達したから、同日本件家屋に付原告と被告樺山紀一との間に代金を二五〇万円とする売買契約が成立した。

然らずとするも、本件土地の貸借を約した当時、原告と樺山愛輔との間には、地上家屋が不要となつたときは、何れか一方の申出によりこれを時価をもつて原告に譲渡する旨の双方に完結権を留保する売買予約が成立し、樺山愛輔が有する右売買予約上の権利は前記のごとく同人が死亡したため被告樺山丑二において相続承継したところ、原告は昭和三一年四月一九日同被告の妻梅子に対し本件家屋を時価をもつて買取る旨右予約完結権の行使の意思表示をなした。仮りにそうでないとしても、昭和三一年六月九日附書面をもつて被告樺山丑二を代理する同樺山紀一は本件家屋を買取られたい旨右予約完結権行使の意思表示を発し同書面は遅くも同月一八日までに原告に到達した。従つて、右何れにしても、原告と被告樺山丑二との間には時価による本件家屋の売買契約が成立した。而して本件建物の当時の時価は金一二九万九、四四〇円である。

右の次第で原告と被告樺山紀一または同樺山丑二との間には代金を二五〇万円としまたは前記時価による本件家屋の売買契約が成立しているから、被告等は本訴において右売買代金の支払を求め、その支払あるまで本件家屋を留置する。従つて、被告等は右代金の支払があるまでは本件家屋ひいては本件土地の占有をなし得るものというべく、原告の請求は失当といわなければならない。

(五)  仮りに、以上の主張がすべて理由がないものとしても、被告等は、本件建物につき買取請求権行使の意思表示をなし、原告は本件建物を時価をもつて買取るべきことを主張する。買取請求権の制度は、建物または造作の取毀を防止し社会経済上の利益を考慮するとともに、借地人または借家人をして投下資本の回収を得させ、利益の衡平を得させんとするにあるから、本件のごとき特殊な使用貸借においてもこれを準用することが制度の目的に適うものというべく、前記のごとく原告は当初から本件家屋買取の意思を有していたのであるから、右売買契約が成立しなかつたとしても、被告等の買取請求を認めることは原告、被告双方の利害の衡平を計るゆえんでもあるといわなければならない。よつて、被告等は、右代金の支払あるまで本件家屋を留置する。

と述べ、

原告の主張する相殺の再抗弁に対し、右再抗弁事実は否認する、被告は留置権にもとづき本件家屋を占有し、ひいては本件土地を占有しているものであるから、無権原の占有ではないのみならず、賃料相当損害金の額は統制額によるべきところ、その額は、昭和二八年度および昭和二九年度は月額一、二六四円二〇銭、昭和三〇年度は月額一、六三二円九五銭、昭和三一年度は月額一、六四〇円九四銭、昭和三二年度から昭和三五年度までは月額一、六八五円二九銭、昭和三六年度から昭和三八年度までは月額一、九一九円一一銭であつて、昭和二八年一〇月二二日から昭和三八年四月三〇日までの合計額は金一九万二、〇四〇円である。

なお、昭和二八年一〇月二二日から昭和三三年四月三〇日までの賃料相当損害金債権は、既に時効により消滅しているから、被告は右消滅時効を援用する。

と述べた。

立証<省略>

理由

一、成立に争のない甲第一二号証に証人石井満および原告本人の各供述を併せ考えると、本件土地を含む東京都新宿区柏木三丁目三九九番地宅地二、二六六坪三合七勺は、昭和二四年一二月二八日付をもつて勝田泰、鈴木哲子および原告等三名のため所有権取得登記がなされ右三名の共有となつたが、右勝田泰の共有持分三分の一は、その後、昭和三一年八月六日売買により訴外大東貿易株式会社に所有権が移転せられ、更に昭和三三年六月六日売買を原因として同訴外会社から学校法人精華学園にその所有権が移転し、現に同学園と鈴木哲子および原告との三名の共有に属することを認めるに十分である。

二、被告樺山丑二が本件土地上に本件家屋を所有し、被告樺山紀一が本件家屋に居住し、それぞれを本件土地を占有していることは当事者の間に争がない。そして、原告は訴外亡樺山愛輔に対し本件土地の無償使用を許諾したところ、右使用貸借は同訴外人の死亡により終了し、被告樺山丑二がその借主の地位に就いたとしてもこれを解除した旨を主張するに対し、被告等は右土地使用関係は賃貸借であつて被告樺山丑二においてこれを承継したものであり、仮りに使用貸借としても建物所有を目的とし未だその目的は終了していない旨を主張するから、まず、右土地使用関係について判断する。

証人岸田弘(第一、二回)、同高橋儀三郎、同樺山梅子、同樺山松子の各証言に証人石井満および原告本人の各供述、乙第三、四号証の存在を併せ考えると、被告樺山丑二の先代樺山愛輔は昭和二七年四月同被告の子である松子、竹子の二人の孫娘を原告が理事長となつている学校法人精華学園女子中学校に入学させ、その薫陶を原告に依頼するとともに、精華学園のためにも蔭に陽に協力的態度を惜しまなかつたこと、同人は昭和二八年頃住所地大磯から通学していた右孫娘二人のため東京都内に宿舎を設けてやり自分が上京した際の宿所ともしたいと考え適当な土地を物色していたがその入手が容易でなく、原告に対してそのような心情を漏らしたところ、原告はたまたま右学園の用地が空いていたので、愛輔の前記好意ある態度に酬いるためもあつて、学校建設の支障となる場合には取除くことを条件として、学校用地内に通学用の宿舎を建てゝもよいと告げたこと、愛輔はその結果本件土地の部分を選定しこれを借り受けることとし、当初は、無償で借り受けることを潔よしとせず通常の賃貸借とすることを希望したが、原告は従来の情誼からこれを固辞し、結局この点についての話合はそのまゝとなつたこと、そして愛輔は昭和二八年九月頃右借受土地の上に本件家屋の建築をはじめたがその上棟式の後間もなく同年一〇月二一日急逝し、その後は同人の子である被告樺山丑二の手により建築が続行され、昭和二九年五月工事竣功と同時に前記松子、竹子の両名がこれに入居し精華学園に通学したが同人等は昭和三〇年三月二三日同学園女子中学校を卒業し、間もなく米国留学のため本件家屋を去つたこと、被告樺山丑二が前記のごとく本件家屋の建築を続行するに際しては、同被告と原告との間には本件土地の使用関係について改めて何等の約定もなされたことがなく、同被告も愛輔も、かつて、本件土地使用の対価を支払つたことがないこと、以上の事実を認めることができる。右認定事実によれば、原告は愛輔に対して家を建てその孫娘二人を通学のため居住させることを目的として本件土地の無償使用を許したものであることが明らかであつて、その土地使用関係は、右孫娘の通学用宿舎を建設するための使用貸借と認めるを相当とし、原告は愛輔の死亡後も同人に対する情誼から被告樺山丑二において家屋を竣功させ土地の使用を継続することを承認したものと認められるから、愛輔死亡後は同被告との間に右使用貸借関係が存続するに至つたものというべきである。上記認定に反する証人岸田弘(第一、二回)、同高橋儀三郎、同樺山梅子、同樺山松子、被告樺山丑二および樺山紀一各本人の各供述部分は前記認定に照しにわかに採用し難いところである。他に右認定を覆えして被告等主張のごとく本件土地使用関係が賃貸借である事実を肯認するに足る資料はなく、また、被告等は右土地使用関係が、使用貸借であるとしても、それは建物の建築所有を目的としその存続期間中使用し得る定であつた旨を主張するけれども、右に認定したごとく、土地使用の主要な目的は愛輔の愛孫二名の通学の利便を得るためであつて、家屋を建築し土地を使用するのも右目的に出るものであるから純粋に家屋所有を目的とする旨の右主張は到底採用し難いところといわざるを得ない。もつとも、前記証人岸田弘(第一、二回)、被告樺山丑二、同樺山紀一の各供述に成立に争のない乙第二一号証の一から一五までを併せ考えると、本件家屋は中以上の建築であつて、その設計、資材の選定等については愛輔も相当の関心を有していたことを認めることができるけれども、これらの事実のみでは、未だ、前認定を覆えして被告等主張の事実を肯認することを得ないものといわざるを得ず、他に前認定を左右するに足る証拠は存しない。

三、してみれば、本件土地使用貸借は、前記松子および竹子が精華学園女子中学校を卒業するとともに約定による使用目的に基づく使用収益を終つたものというべく、被告樺山丑二は原告に対し本件土地の返還義務を負担するに至つたものといわなければならない。

四、被告等は、原告が本件土地使用貸借を解除し家屋の収去による土地の明渡を請求するのは権利の濫用として許されない旨を主張するけれども、土地使用貸借の終了によりその返還を求めるのは適法な権利の行使であつて、専ら相手方を困惑させることのみを目的として土地の明渡を求めるような場合は格別、その地上に未だ十分使用に堪える家屋が存在するというような事情のみでは、これを権利の濫用たらしめるものということはできないものといわざるを得ず、その他本件に顕われた一切の事情を参酌しても、原告の請求をもつて権利の濫用と目すべき理由はないから、被告等のこの点に関する主張は採用することができない。

五、次に、被告等の本件家屋について売買契約が成立した旨の主張について判断するに、成立に争のない甲第四号証の一、二、証人樺山梅子および被告樺山紀一本人の供述によれば、昭和三一年四月一九日頃原告が被告樺山紀一に対して本件家屋の取除を求め、同被告の言値で本件家屋を買取つてもよい旨を申出で、同被告がその後同年六月九日附郵便をもつて原告に対し代金二五〇万円以上をもつて本件家屋を買い取つて貰い度い旨を申送つたことを認めるに十分であるけれども、原告本人の供述によれば、原告が右のごとき申出をなした趣旨は被告の申出価額が相当であれば本件家屋を買い取つてもよいというにあつて、被告に売却の意向があるかどうか、その価額を如何にするかを確かめたものに過ぎないことを認めることができ、前記甲第四号証の一、二によれば、被告樺山紀一が原告に申送つた右郵便の趣旨も代金二五〇万円による本件家屋の買取申込をなした趣旨であることが窺い得るばかりでなく、成立に争のない甲第五号証の一、二によれば、同被告はその後右申込を取り消したことが明らかであるから、同被告がなした前記申入れにより原告と同被告との間に売買契約が成立した旨の被告等の主張は到底採用し難く、また、本件土地使用貸借の締結に際して原告と樺山愛輔との間に本件家屋売買の予約が成立した旨の被告等主張の事実もこれを肯認するに足る証拠は存しないから、右売買予約の成立したことを前提とする被告等の主張も採用に由ないものとなさざるを得ない。

六、最後に、被告等は、本件家屋の買取を請求するところ、土地使用貸借の終了した場合に土地の借主が家屋の買取請求権を有する場合があるとする被告等の主張は独自の立論であつて、到底左袒することを得ないから、被告等のこの点に関する主張も採用し難いところである。

七、以上の次第であるから、被告樺山丑二は原告に対し本件家屋を収去して本件土地を明渡すべきであるとともに、被告樺山紀一においても、他に本件土地占有の正権原につき何等の主張立証もない以上、本件家屋を退去し本件土地の明渡をなすべきことは明らかといわなければならない。

八、よつて、共有物の保存行為としてなす原告の本訴請求は全部正当としてこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 江尻美雄一)

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